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ヨガ哲学から学んだ道しるべ

前回は、自分のことを知るためにマンダラートを作ってみた話を書きました。


なぜ自分を知る必要があるのか?

周りに振り回されることなく、自分らしい生き方ができると思ったからです。

やってみると、向かう先がはっきりすることで、気持ちが安定することがわかりました。


その中心になるのが「軸」と記した部分。自分がどうありたいかの指標になるものです。

肝に銘じていることを8つ書き出しました。


ベースになるのが「ヨガ・スートラ」というヨガ哲学の教典です。

最初に書き込んだのが「アビヤーサとヴァイラーギャ」。サンスクリット語を日本語に訳すと「修習と離欲」。

「修習」とは、真面目に努力して実践し続けること。「離欲」は、あらゆる対象の欲望を手離すこと。

「修習と離欲」とペアにして使われるのですが、一生懸命継続して努力しなさい。努力の結果に対する執着は手離しなさい、というものです。

報われたい、褒められたい、といった欲を手離すのは難しいですが、大切なのはそのプロセスであり、その結果に対するこだわりは捨てましょうとの教えです。

自分の意識を変えるきっかけになった言葉でした。


「ヨガ・スートラ」にはヨガの基本となる「八支則」の成長へのステップがあるのですが、その最初の段階が「ヤマ(やってはいけないこと)」「ニヤマ(やるとよいこと)」という教えです。それぞれに5項目ずつあります。

ざっと、私なりの解釈で紹介しましょう。

【ヤマ】

●アヒンサー(非暴力)…生きているもの、命あるものに敬意を払い、傷つけないこと。自分自身も傷つけないようにすること。

●サティア(嘘をつかない)…自分自身に嘘をつかず、肯定してあげること。

●アスティーヤ(盗まない)…物質だけでなくメンタルな部分も含み、盗まないこと。例えば、人の時間や平安な場を盗んだりもしないように。

●ブランマチャリア(禁欲)…「欲」の感情を正しくコントロールすること。

●アパリグラハ(むさぼらない)…欲は際限なく「もっともっと」となることに気づき、抑えること。

【ニヤマ】

●シャウチャ(清浄)…生活習慣の中できれいにする行為によって、心もきれいにする。

●サントーシャ(足るを知る)…無いものに目を向けるのではなく、今あるもののありがたさを感じ、それで満たされていることに気づく。

●タパス(修練)…苦行と訳されることが多いが、修練して、苦しく感じない自分を育てること。

●スヴァディヤーヤ(読誦)…聖典の学習、自己の探求

●イーシュヴァラ・ブラニダーナ(神への祈念)…すべての存在に神の尊さを感じ、目の前のことを受け入れる。


私がふだん意識しているのは、アヒンサー、サティア、アパリグラハ、サントーシャ。

これに加え、別のヨガの教典「バガバッド・ギーター」には「二極の対立の感情を克服し、成功と不成功を平等に観なさい」という教えがあります。

ごく簡単に言うと、良いとか悪い、好きと嫌い、できるとできないなどといったニ極の対立感情に振り回されないで、物事を平等に、客観的に観なさいということ。

白か黒かではなく、いろいろな見方があり、自分の価値観が正しいと押し付けないようにすることでもあります。


私が記した8つの要素の残り2つはヨガの教えではありません。

「エンパワメント」は、子どもの権利を守る活動時に学んだ言葉。

コップの水で説明しましょう。

半分水が入ったコップがあるとします。

それを「半分水が足りない」と見るか、「半分も水がある」と見るか。

足りない部分を見るのではなく、水があることに目を向け、ある水を使ってできることを考えることを「エンパワメント」と言います。

対自分、対相手において、この考え方を大切にしています。


世の中がどんどん複雑になり、ストレスフルな社会になったと感じています。

そんな中で生きていくのに、自分ならではの道しるべになる言葉を集めてみると心強さが生まれます。すべて達成はできませんが、自分の軸ができて生きやすくなります。


これまでの人生で心に響いた言葉や格言、人から授かった名言などを思い出してみるのもいいですね。
























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