母から渡されたバトン

とうとう母が亡くなりました。

先週初め、食事がほとんど入らなくなり、その2日後から熱が出てきました。

それなのに、1回10分、1日2名まで、1メートル以上離れての面会とはあんまりじゃない?

少しストレスを感じていた矢先に、いよいよ看取りが近くなったと感じた施設側から、1回10分、2名までという時間や人数のしばりが解け、充分な除菌をしたうえで手を握ってもよいことに。


翌日の金曜日、私は午後からずっと母のそばで手を握り、話しかけ、体をやさしく撫でて過ごしました。

耳元で呼ぶと、ときどき目を少しだけ開きます。

でも、それ以上の反応はありません。

熱は39.2度まで上がったり、38度台に下がったり。

パルスオキシメーター(酸素濃度)は95。血圧は正常範囲。

左の足先にチアノーゼが出てきたので、あとは時間の問題のようでした。

夕方まで過ごし、1名だけ泊まれましたが、そこは兄に任せて帰宅しました。

帰宅後、遅い夕食を始めたところで、兄からの電話。

静かに息を引き取ったとの連絡が入りました。


昨年4月、施設に入所した母は、秋になって急に衰弱が進みました。

ターミナルケアということで、面会ができるようになって4カ月弱。

以来数日に1度の割で母のところに通い、食事の介助をしたり、アロマのマッサージを続けました。


かつて、友人が自分の母を亡くした時に言った言葉、義母が亡くなった後に義姉が言った言葉が強く耳に残っています。

まったく同じ言葉でした。

「やっぱり母親だけは特別な存在」

当たり前ですよね。

でも、何で母親は特別な存在なの?

産んでくれたので、ある意味分身だから。

それも、もちろんあります。

でも、私が思うに、こちらの方が大きいのではないかと。


物心ついた時から、いえ、その前から、ご飯を食べさせてくれ、そばで寄り添ってくれ、常に安心感というものを与え続けてくれたから。

そのような存在が父親だったり、他の人だったりする人もいます。その場合は、その人が特別な存在になります。

専門用語では「愛着形成(アタッチメント)」と言います。

人として生きていくうえでの基本的な信頼感は、これが基盤になって育ちます。

「自分は大切な存在」、「この世界は安心できる」という感覚はここから始まります。

人はこの感覚が備わっていれば、その後にさまざまな困難があっても何とか乗り切っていけるだけの生命力が養われるのです。

母親が与える愛は「無条件の愛、無償の愛」とも言いますね。

これがとても大切なのです。

「あなたはお勉強ができるから好きよ」は「条件付きの愛」です。


私にとっても、母に作ってもらった美味しいご飯の思い出や、可愛がってもらった思い出は大きいです。母親の無条件の愛で育ちました。

そんな特別な存在の母が亡くなりました。

衰弱してから約4カ月頑張ってくれました。

心の準備をさせてくれ、最後にお世話もさせてくれ、死亡診断書に「老衰」と記入されて、苦しい思いもせずに亡くなった母には、ただただ感謝の言葉しかありません。


母が結婚した日から亡くなった翌日まで、片時も離さず指にはめていたゴールドの結婚指輪を外し、兄が私に託してくれました。

思ってもみなかったプレゼントでした。

すぐに私の指に受け継がれました。

普段からはめていたリングに重ねてちょっとお洒落に。


裏に刻まれた文字を虫眼鏡で見ました。

「MAR.17.51 M.H」

1951年3月17日は両親の結婚記念日。M.Hは父のイニシャルです。

偶然ですが、数日前から読み始めた小説のタイトルは「そして、バトンは渡された」

魂のバトン、愛のバトン、生命力のバトン……。

不思議なことに、指輪をはめると母のエネルギーが注入されたように感じ、元気が湧いてきました。

悲しいですが、なぜか前を向けます。


斎場の都合で、家族葬は今週末になります。

今週から普段通りの生活をしていますので、ヨガのレッスンは通常通りです。

先週、オンラインの夜ヨガのみお休みさせていただきました。

骨活やアロマの続きブログが滞っていますが、落ち着いたらアップいたします。


PS.これを読んだからといって、私に特別なお気遣いは必要ありません。

   皆さまそれぞれの特別な存在の方のことを想ってくださいね。

   





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